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Ling qu
桂林市内から、北へ車で約2時間ほど行ったところに、「興安」の街があり、ここには古代運河を代表する「霊渠運河」があります。歴史のロマンに触れてみませんか?
秦の始皇帝の代表的な建造物に万里の長城、始皇帝陵、その陪葬抗である兵馬俑抗、そして水利施設である霊渠運河があります。

この霊渠は揚子江の支流、湘江と、西江へと流れる漓江を結ぶ運河です。 これを秦の始皇帝の命により完成させたのは史禄という名の将軍でした。 この運河を造ることになった動機は、紀元前219年に越人征服のために南方へ送られた皇帝軍に対して、補給を容易にするためでした。 始皇帝はまた史禄に運河の開削を命じ、越の領域内まではるばる穀物の補給品を輸送できるようしようとしました。

しかしこの工事には大きな問題がありました。 湘江が北に流れるのに対して、漓江は南に流れることでした。 どのような方法で解決したのでしょう? 相反する方向に流れる川は興安の近くの山中では4.8キロしか離れていなかったのですが、急な水の流れを穏やかにする必要 がありました。 そのために湘江側で2.4キロ、漓江側で28キロとそれぞれ互いに山を削って流れを緩やかにしたうえに、36の水門で水位を 調整するシステムを作り上げ、二本の川を約32キロの運河で結ぶことが出来たのです。

この霊渠を使って、秦軍は大量の軍隊を送り込む事ができるようになり、ついには南越を制覇し、中国全土統一を成し遂げたわけです。 霊渠の完成により直線で約2000キロの内陸航行が可能になり、北の北京から、南の広東とその海岸まで、船で行けるようになった訳です。
この運河が中国南部の経済に寄与したことはいうまでもありません。

そして2千年も経って、今なお現存し風情をたたえる姿をみますと歴史のロマンを感じます。

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霊渠のある興安には、このような
中型バスが便利です
霊渠の説明図です
拡大写真でご覧ください
霊渠源です、右側が湘江で左
側が石組みのダムになっています
ダムの高さは2メートルほど、上部
は大きな石組みでできています

ダムの下部は、細長い石を縦に
敷き詰め魚の鱗のようです
ダムを下った流れは人の字のよう
に2方向の運河に分離します
霊渠源から南運河を下る観光
船です
南運河は、流れがゆったりとして
いて、2000年の歴史を感じます

南運河は深さが90a、幅は4.5b
で、運河に架かる橋です
水の3割が南運河を下りますが、
溢れると湘江に流れ落ちます
このような堰を設けることで運河の
水位を一定に保っています
峨眉山から妖怪退治するために
飛んできたとされる飛来石です
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